施されたら施し返します



昔、一時だったですが、
明日が来るのが嫌でした。

毎日の仕事に追われていて、
責任という重圧につぶされそうな毎日を過ごしていた頃、

明日が来るのが本当に嫌でした。



これは恐怖でもありました。

今日の嫌なできごとを終わらせることができなくて、
明日に持ち越すことでまた嫌なものを見なければならない恐怖です。

「どうしてこんな目に遭わないといけないのだろう」

そんな愚痴を自分に対して吐いていた頃でした。

すべてを自分で背負い込む性質が、
自分を追い込んでしまっていたのです。


誰かこの辛さをわかってもらいたい。

誰か寄り添ってくれる人はいないだろうか。


そんなもがきのなかで生きていた頃。

夜が来るのが本当に嫌でした。


夜が来れば一人で考え込んでしまう時間が増えるのです。

そして夜が来れば必ず明日の朝がやってきます。


明けない夜はないことが怖かったのです。



寄り添ってくれる誰かがいてくれることで
人は安心できるのだと思いました。

あの頃はその誰かがいなかったのです。
精神的に孤独な時期だったのです。


でも今は違います。


人にはいくつかのタイプが存在しています。

自分の力で切り開くタイプ。

誰かの力を借りることで勇気を出せるタイプ。


他力本願はいけないことと決めつけてしまうと、
力を借りることは甘えととらえてしまって、
昔の私のように明日が来ることが怖くなって仕方ないのです。



人に頼ることは恥でもなんでもない。

人の力を借りて乗り越えることができたら、
感謝して恩返しをすればいいとわかったときから

明日が怖くなくなりました。

人に寄り添わせてもらって明日を乗り越えることができたので

今度は私が寄り添う番だと思っています。



「施されたら施し返す、恩返しだよ」(大和田語録)は

決して大げさな言葉ではないのです。


施してくれた人だけでなくて、

世の中の多くの人に施していきたいと思います。



今は夕日を見て美しいと思えます。

(あの頃は恐怖でした)


夕日の美しさを知ると、

またこの夕日を見たいと思うようになります。


明日が来るのが楽しみになります。



(今日のブログは絹村幸司が書きました)



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